ポラリス・ア・ラモード

インタビュー

小学校教師・マジシャン / 山本 和毅さん「諦めないで頑張ってみよう!と思ってもらうために、僕は諦めない」《前編》

haru

2019/02/08

インタビュー polaris for YOURSELF vol.5

小学校教師・マジシャン / 山本 和毅さん

「諦めないで頑張ってみよう!と思ってもらうために、僕は諦めない」

《前編》

自分の生きる上での指針やポリシー、「ポラリス(=北極星)」を持つ人たちのインタビュー

第5回は、小学校の先生で、トランプマジック中心のマジシャン(!)でもある山本和毅(かずき)さんをお呼びしました。

どうしてマジシャンになろうとしたの?マジシャンの毎日ってどんな感じ?聞きたいことが山ほどありました!

セロに背中を叩かれた。あの瞬間から全ては始まった。

haru: マジシャンの方とお話するのは、はじめてなのでとても楽しみです!今日は宜しくお願いします。

山本さん(以下、KID): 宜しくお願いします!マジシャン名はKIDでやっているので、お気軽にKIDとお呼びください。

haru: 了解です!KIDさんは、マジックをされてもう12年なんですよね。一番最初にマジシャンを志した瞬間は、どんな瞬間でしたか?

KID: マジシャンのセロさんが、12年前に僕の地元の富山にショーをしに来てくれたんです。1000人くらい入る会場。

テレビでしか見れないようなマジックの数々をバーン!!!!ってやってくれてみんな魅了されていたんですが

その流れの中で、セロがドーンっていきなりステージから消えたんですよ

消えた!と思ったら、ふと後ろから肩を叩かれたんです。なんやろなと振り返ったらそこにセロがおったんですよ

haru: そうなんや!すごい!(興奮)

KID: すっげーーーーーーとびっくりするとともに、あんなにたくさん人がいる中で僕が選ばれたということに運命的なものも感じました。いつかお会いできたら、お礼を言いたいなと思っています。

周りは赤本、僕はトランプ。

KID: 帰宅後、興奮が冷めないうちに「マジック」というキーワードを慣れないインターネットで検索して。

デモ動画を見てたら…これだったら自分もできるなって変に自己啓発(笑)これはもうマジシャンになれる!と、マジック歴1日で確信(笑)

haru: マジック歴1日(笑)

12年前というと高校生。周りの人も進路の話とかし出す時じゃなかった?

KID: 高校三年になろうとしてた時だったんで、まさにその話持ちきりでしたね。お前何するねんって言われた時には、その時点ですでに「マジシャンになる」と公言してましたね。周りの人達は懸命に赤本を読んだりしている中で、僕は一人トランプを触ってる(笑)

haru: マジックは実際に披露してたんですか?

KID: 実家が美容院だったので、お客さんに向かって、ひたすら毎日新しく覚えたマジックを披露していました。

親は僕が受験生の当時、マジックをやっていること自体に大反対。でも僕は、マジックをもっとやりたいって気持ちを隠せないんで、もう隠さずに行こうと思いました。まずは大学にも行くから、マジックを続けたい!と伝え、東京池袋にある大学の教育学部に進みました。

大学入学したその年に、ロサンゼルスへ

haru: その想いの通り、大学でもマジックを続けたんですね。

KID:  はい。続けることができました。実は、受験シーズンで東京に行ったタイミングで、あるマジシャンの方にアポイントメントを取って会いに行ってたんですよね。その流れで、大学入学の次の日にもその方と会って食事をして。

その食事会で僕はすぐに、プロのマジシャンになりたいんです!ってその人に宣言しました(笑)

以降は、そのマジシャンの方のアシスタントのような形で一緒に活動することになったんです。

それから実は、大学に入学した年の9月にその方がアメリカ・ロサンゼルスのマジックキャッスルというところでショーをすることになって、僕も一緒に行くチャンスまでいただきました

haru:  そうなんだ!入学してたった5ヶ月しか経ってないのに、もうアメリカへ

KID:  はい。テレビでしか見たことないマジシャンが世界中から集まってきていました。目の前にいきなり居るんですよ。そんな中で、自分も舞台に立つ機会もいただけました。

haru:  すごいわ。18歳頃でそういう経験ができて刺激になったでしょうね。

教育の道を志すも、教育実習にて挫折してしまう

haru: 大学に進んで、その後の進路についてはどんな風に考えてた?

KID:  大学に入ってからは、先生の免許と、保育士の免許と、保育園の免許を全部取ろうとしたんですよね。(笑)

小さい子がもともと好きなのもあるんですが、教えるということが好きだったし、自信もあったんですよね。

けど、その後教育実習に行ってみて机上で習うことと、現場は全然違うなと思いました。

当時の自分だと、流行り文句だったモンスターペアレントとも上手くやっていける自信は全くなかったし、

子ども達の指導に関しても、自分はまだその域に達していないなと半ば勝手に感じてしまったんですよね。

実際には、そもそも教師の仕事もキャリアも、何一つ始まってもなかったんですけれどね。

そしてなんと、ロッテリアの副店長になる!

haru: 教育の道はいったん諦めて・・・、その後結局はどんな道を選んだんですか?

KID:  実はロッテリアの副店長をやっていました。

haru:  ロッテリアの副店長!また振り幅大!

KID:  ロッテグループから内定をもらって、こんな大手から内定をもらえたんだったら、大手で勤めながらマジシャンをやるっていう二足のわらじ生活も良いかなと思って。

haru:  その生活はどうだった?両立できた?

KID:ロッテは割と一人一人を応援してくれる社風があって、店頭販売も兼ねて、客寄せのためにマジックをやったらどうとか提案をもらって実際に店頭でマジックをしたりとかうまく両立できていましたね。

だけど、結局1年8ヶ月で辞めてしまいました。重いものを運んだりしていたので、肩を壊してしまったんですね。一度は、手の感覚がなくなってしまいました。ここまで来たらやばいと思って、退職願を出してやむなく退社することになりました。

haru:  マジックをやっているのにそんな状態になるだなんて致命的ですよね…。それからはどうしたの?

KID:   ロッテ時代は東京に住んでいたんですが、僕の10年来の友達に大阪に来なよと言われて、大阪にも興味があったんで思い切って大阪へ行きました。当時はバーテンダーをしてましたね。その時に妻とも出会えたんで、大阪に来て良かったです(笑)

当時は昼はコールセンターでお金を稼いで夜はバーで働いて、マジックもやってと、そういう生活をしばらく続けていたんですが、縁があって結婚もして、このままの生活を続けていくとなかなか妻との時間も取れないなと思ったのもあって。

せっかく持っている教員免許を生かして先生をしようと考えて

3年ほど前から現在までは、先生とマジシャンのダブルワークをしています。

先生 兼 マジシャン、KIDの誕生!そして校長先生からのマジックの指令

haru:  学校的にも、マジシャンをしていくことはOKだった?

KID: はい。実は、校長先生からマジシャンのお仕事を頂いているぐらいなのでありがたいことに、認めていただいています。

haru: 校長先生から!?

KID: ある日、校長室に呼び出されて、一瞬自分なにかしでかしたかなって心配に思ったんですが(笑)話を聞いて見ると

校長「君、マジシャンはもともとプロでやってたんだよね」って。

「はい」

校長「一人暮らしをしている孤老の方が地域にいらっしゃるので、その方々に対して学校としても何かできないかと考えていたんだ。ちょっと地域の活性化の地域のために、マジックをやってもらえないか。」

そんな風に言われたんです。そこからは、学校経由でお年寄りの方向けにもマジックもしています。

あと、ちょうど僕の勤める学校のある東大阪では、子供たちに自分の夢に対してもっとやる気を出してもらうための活動に積極的に取り組んでいて、ラグビーの選手が小学生向けに話したりとかもしてたんですよね。その一環で子どもたちにもマジックをお見せすることもありますね。

実は常にポケットにはトランプが入ってて、いつでも生徒たちに披露できるような状態ではあるんですが(笑)

haru: いいな。そんな先生最高やん‼︎‼︎(興奮して大阪弁が出る)

インタビュー後記

ロッテリア副店長 (兼マジシャン)▶︎バーテンダー(兼マジシャン)▶︎先生(兼マジシャン)という

異色の(はっきり言って異色すぎる!)経歴を持つKIDさん

そんなKIDさんの生きる指針、「ポラリス」については後編でじっくりとお伺いしていきます。

いつも自分の道を力強く切り拓いてきたKIDさん。そんな彼の原動力とは?

後編もお楽しみに!

→後編へ続く