ポラリス・ア・ラモード

アート

太陽、そして海が先生だったモネ。編集長haruの《アーティスト・デート》第二会

haru

2019/01/03

クロード・モネ ジヴェルニーの庭 フランスノルマンディーにて、撮影haru

アートの面白く不思議なところは、年齢やその時の心境によって、好きな画家や作品が変わっていくとことだと思います。

私は20代の頃は、ゴッホがとても好きでした。あの燃え盛るような色彩と、こちら側に強く強く届くメッセージに魅了されていました。

時が経ち、30代になった頃から、だんだん好きになっていった画家がいました。

睡蓮の絵で有名な、クロード・モネです。

改めて、クロード・モネの生涯について

1840年生まれ、印象派を代表するフランスの画家です。

パリで生まれ、5歳の頃から少年時代の大半をノルマンディー地方のル・アーヴルで過ごしました。小さい頃から絵が上手く、人物のカリカチュア(戯画、風刺画)を描いて売るほどであったそうですが18歳の頃、とある風景画家との出会いをきっかけにして、戸外での油絵制作を教えられました。

1859年にパリに出て絵の勉強を始め、ピサロ、シスレー、バジール、ルノワールといった仲間と知り合います。

1865年にサロン・ド・パリに初入選してから、サロンへの挑戦を続けていきました。

1874年には仲間達と、サロンとは独立した展覧会を開催して『印象・日の出』などを出展し

これはのちに第一回印象派展と呼ばれる歴史的な出来事なるのですが当時の社会からの評価は惨憺たるものだったそうです。

1881年にはポワシーに、1883年にはセーヌ川沿いのジヴェルニーに移り生涯をここで暮らしました。

モネをめぐる旅、光あふれるジヴェルニーへ

昨年、フランスはパリ(モネの生まれた場所)ジヴェルニー(モネが晩年を過ごした場所)ル・アーヴル(モネが少年時代を過ごした場所)ノルマンディー(モネが幾度となく旅した場所)をめぐって、パリに帰っていくという旅にいってきました。

モネを強烈に意識していたというよりも、いきたい場所を決めていったら自然にこうしたルートとなりモネとのご縁を感じたのでした。

中でも私がとてもいきたかった場所は、モネが晩年を過ごしたジヴェルニー。有名な睡蓮の連作が生み出された池もここにあります。

ジヴェルニーに到着したのは夕方。ちょうど夕日がきらめいて庭は美しく輝いていました。

モネはこの庭に、どの季節・どの時間であっても別な美しさが宿るようにと設計して、見事に創り上げたのでした。

それはそれは、素晴らしい眺めであり、夢の中にいるようでした。

モネを育てたもの

素晴らしい作品を多く残したモネ。いまもその輝きは色あせずに、その光は私たちの心に届いています。

豊かで素晴らしい世界を描き出すことができたモネ。彼を育てたものはなんだったのでしょう。彼の回想に、そのヒントが隠されているような気がします。

私は生まれた時からきかん坊であった。誰も、私をどのような規律にも従わせることはできなかった。

私が学んだわずかなことは、みな独りで学んだのだ。…外には親しげに太陽が輝き、美しい海が広がっていて

澄んだ空気の中で海辺を走り回ったり、水の中に飛び込んだりできるというのに、

4時間もじっと座っていることなど、とても私にはできなかった。

モネにとっての一番の友達であり先生は、親しげに輝く太陽、四季折々に美しい海や

澄んだ空気の宿る海辺に他ならなかったのだと思います。

太陽が、そして海が先生だった

なにも、座ってじっと話を聞き続けることだけが勉強ではなく

モネにとって学ぶべきものごとは自然のなかにすべて在って、彼は独りで自然の声を聴き、自然と遊び、やがてその美しさをキャンパスへと映していったのでしょう。

もし、読者のみなさまのなかに子育てをされているお父さんやお母さんがいらしたら、お子さんが関心を持つものをどうぞ大切にしてあげてほしいと思います。

もし、モネが大好きだった太陽や、海や、砂浜と戯れることを禁止されていたら、きっと何世紀も残るあの素晴らしい絵画は生まれなかったことでしょう。

なにがどうやってその人を育てるかは、わからないものです。

大人になった私たちも、思い出すかもしれません。幼かったとき、とても好きだったもの、好きだった場所

少し、思い出してみて、久しぶりに自分の本当に好きだったものに出合いにいっても良いかもしれません。

編集長haru

 

追記:1月3日木曜日夜6:10分頃、熊本で大きな地震がありました。私はこの記事を書き上げた頃にこのことを知りました。

熊本にいらっしゃるみなさま、まずは身の安全を一番にされてください。

そして熊本に大切な方がいるみなさま、とてもご心配されていることと思います。私自身も、とても心配です。

この記事に書いたように、自然は愛するべき存在でもありますがときにそこに住まわせてもらっている私たち人間にとって脅威ともなります。

自然はありのままの姿をいつも私たちに見せます。ありのままの自然のただ中で、

私たちひとりひとりがなにを考え、どうやって自然や自然がもたらすものと付き合っていくのか

それは答えのない問いですが、ずっと考えていくべき大切な問いなのだと思っています。

まだまだ寒さの厳しい真冬、新年早々にこの地震…。本当に心配です。心よりお見舞い申し上げます。