ポラリス・ア・ラモード

書評(aki/ものがたり)

「そして、バトンは渡された」 瀬尾まいこ 元書店員akiが案内する物語の本棚

aki

2019/02/19

 
彼女は全く不幸ではないのだ。
 
森宮優子。17才。
彼女には親が5人いる。
 
父親が3人、母親が2人だ。
17年間で家族の形態は7回も変わり、
名字は3回変わった。
 
 
優子の悩みは、悩みがないことである。
何の悩みもなく、平凡に生活している。
親が次々と変わり、住む家が変わり
血の繋がりのない他人と暮らしてきた優子。
 
しかし、彼女は自分は不幸ではないと言いきる。
 
 
この物語では優子の日常生活が描かれる。
家族の構成員がころころ変わる以外は
普通に過ごす毎日だ。
 
その中で、なぜ優子は自分を不幸でないと言えるのかが明らかになっていく。
 
 
もちろん、去っていった親のことを考えて
懐かしさや恋しさに心を痛めたこともあった。
 
住む場所と、一緒にいる人が変わるだけだと
家族について深く考えるのをやめた時もあった。
 
「私の家族ってなんなのだろう」と考えると
苦しくて投げやりにならないと生きていけないと思う時期もあった。
 
 
しかし、それ以上に
どの親もみんな、いい親であろうとしてくれた。
優子にとって大切な存在であろうとしてくれた。
あまりにたやすく優子を一番に考えてくれた。
優子は全ての親から大きな愛を受けて育ったのだ。
 
 
あなたみたいに親にたくさんの愛情を注がれている人はなかなかいない」
 高校の卒業式に担任の先生からもらった手紙からも、それは明らかだった。
 
 
 
家族であることの定義は
そこに《愛》があることだと思う。
 
だからこそ、この物語は
とても変わった家族の話なのに
とても普遍的な家族の話として
読むことができるのだ。
 
 
 
優子はバトンだ。
5人の親はリレーのランナーだ。
 
リレーを走る時ランナーは
自分に与えられた距離に責任を持ち一生懸命走る。
その手にはバトンが、しっかりと握られている。
 
次のランナーに
バトンを無事に届けるために、
決して手から滑り落ちないように、
しっかりと握っている。
 
そしてバトンを大切に運び、
次のランナーに自分の思いと共に託す。
 
バトンを受け取ったランナーは
また自分に与えられた距離を
自分の力の限りを尽くして走る。
 
大切なバトンを落とさないよう細心の注意をして
自分に与えられた距離を精一杯の力と愛を込めて
ただただ必死に懸命に走る。
 
 
これが優子の幸せの理由なのだ。
 
 
 
「そして、バトンは渡された」
瀬尾まいこ  文藝春秋

親というもの

 
私は親になったことがないので
親の幸せや苦労をまだ知らない。
 
優子には5人の親がいるが
彼らの性格や暮らしぶりは様々で
それぞれの親の元で違った
《親のあり方》や《親の愛情》を体験している。
 
 
優子が8才の時、母親になった梨花さんは
笑顔でこう言った。
 
「私、すごくラッキーなんだよね。
結婚しただけで、優子ちゃんの母親にまでなれた。
子どもを産む苦しさや
子育ての大変な時期をすっ飛ばして
大きくなってる優子ちゃんのお母さんになれるって、かなりお得だよね。
それに、お母さんって楽しい。
とっくの昔に過ぎ去ったはずの、
8才の生活をもう一回体験できるんだもん。
子どもがいないとできないことっていっぱいあるって知った」
 
優子は自由で明るい梨花さんから、
笑顔でいることの大切さを学んだ。
「人に好かれるのは大事なこと。
にこにこしてたらラッキーなことがやってくるよ」
 
 
 
優子が中1の時に父親になった泉ヶ原さんは
裕福で穏やかで不器用だけど
懐の深さは伝わる優しい人だった。
泉ヶ原さんのおかげで
自宅で大好きなピアノを弾くことができた。
 
中学の3年間。
ただでさえ多感な時期。
不安や寂しさや孤独感や苛立ち。
そんな思いが心を波立たせることはあったが、
そこに飲み込まれはしなかった。
 
ピアノを弾くことで不安定な感情をまぎらわせると同時に、
そのピアノを、隣の部屋でそっと耳を澄まして
聴いてくれている人がいることが、
心を平穏にしてくれたからだ。
 
 
優子は無口で不器用な泉ヶ原さんから
そばにいる人に静かに見守ってもらえる穏やかさ
そして平和な暮らしを与えてもらった。
 
いつでもきちんと調律されているピアノから
泉ヶ原さんの愛情をしっかりと感じていた。
「優子ちゃん、自由に弾いていいよ。好きな時間にね」
 
 
 
優子が高1の時に父親になった森宮さんは
父親という立場をとても気に入って
嬉しそうにこう言った。
 
「親になると明日が2つになる。
自分の明日と、自分よりたくさんの可能性と未来を含んだ明日がやってくる。
自分のと、自分よりずっと大事な明日が毎日やってくる。
どんな厄介なことが付いて回ったとしても、
自分以外の未来に手が触れられる毎日を手放すなんて、俺には考えられない」
 
 
 
親というものは偉大だと改めて思った。
自分の両親を考えてみても感謝に堪えない。
 
子どものことを第一に、
子どもが苦労せず暮らせるように
愛情をもって育てる。
その愛情も、見返りを求めない「無償の愛」だ。
 
笑っていてくれたらいい
健康でいてくれたらいい
必要なものは与えたい
一緒に食事をするだけでいい
美味しいものを食べると食べさせてあげたくなる
ただただ幸せであることを願う
 
優子の親たちはみんな、
「無償の愛」を彼女に注いでいた。

家族というもの

 
この本を読んで家族に必要なものは
《愛》だと思った。
逆に言えば《愛》さえあれば
優子のように、どんな関係の人とも
家族になり得るのではないだろうか。
 
他人と暮らしてきた優子に限らず
家族は《あるもの》ではなく、《つくるもの》だ。
 
親と子が、人と人とが、お互いを思いやり
信頼し、尊重し、気を遣い、一緒に暮らすのだから
居心地が良い場所になるよう努力する。
そんなことの積み重ねで家族は作られていくのだと思う。
 
わがままを言ったり、
喧嘩ができるのも《愛》があるからだ。
時には、修復不可能に思うようなことも起きるかもしれない。
しかし《その人がとてもとても大切だという愛》が根底にあれば、その家族は強い。

最後に…

 
今回紹介した「そして、バトンは渡された」は
2019年本屋大賞にノミネートされています。
そして私は、本作が大賞をとることを密かに願っています。
 
大賞作決定は4月9日です。
どうぞ結果を楽しみにしていてください。
 
 
ライター  aki