ポラリス・ア・ラモード

書評(aki/ものがたり)

「さよなら妖精」米澤穂信 元書店員akiが案内する物語の本棚

aki

2019/04/24

 
「さようなら」「また会おうね」
そんな別れの挨拶をしても
私たちは比較的すぐに再会を果たせます。
 
しかし、それが叶わないことがあるのです。
 
「さよなら妖精」は
日本人高校生4人と、ユーゴスラヴィアから
来日した女の子マーヤとの物語です。
 
5人は偶然出会い友達になり、
高校生たちは日本の文化や風習を、
マーヤは自分の故郷のユーゴスラヴィアのことを
話して親しくなっていきます。
 
そしてマーヤが日本を離れる直前、
ユーゴスラヴィアで内戦が始まります。
 
来日から約2ヶ月後、マーヤはそんな内戦が続く
ユーゴスラヴィアに帰って行きます。
 
マーヤが日本を去った後も
ユーゴスラヴィアの紛争は収まりません
 
 
ユーゴスラヴィア社会主義連邦共和国には
6つの共和国 (スロベニア、クロアチア、
ボスニア・ヘルツェゴビナ、セルビア、
モンテネグロ、マケドニア )があります。
 
いくつかの国が独立を宣言し、比較的安全な国、
戦争状態の国、たくさんの死者が出た国、
経済制裁下にある国…とバラバラになり、
ユーゴスラヴィアは解体し始めていました。
 
 
この物語のミステリー(謎)は
《ユーゴスラヴィアの6か国のうち、マーヤの故郷は何処なのか。
今、マーヤは何処にいるか。》というものです。
 
彼らはマーヤの故郷を知らなかったのです。
 
マーヤと過ごした時間の中で交わした会話を元に、彼らは必死に推理します。
なぜなら、国によっては二度とマーヤと生きて会えない可能性もあるからです
 
謎解きは行われます。
マーヤの故郷は、最後にわかります。
 
 
このミステリーでは殺人事件はおきません。
 
しかし、私たちが平和に暮らしている同じ地球上で、内戦や紛争によってたくさんの人たちが
命を落としている現実が描かれます。
 
 
日本の高校生たちが
異国から来た少女との交流によって
世界の広さ、世界との違い、
自分たちの生活がいかに恵まれているか、
自分たちの当たり前が決して当たり前ではないことに気がつき苦悩します。
 
 
青春は甘い。
でも同時に苦いものならば
この作品は青春物語の傑作です。
 
 
 
「さよなら妖精」
米澤穂信 創元推理文庫

謎解きだけじゃない魅力

 
私はミステリー小説が好きです。
ミステリー小説というと、事件発生、名探偵登場、
鮮やかな推理、犯人判明してスッキリ!という印象を昔はもっていました。
 
そしてそういうミステリー小説を好んで読んでいました。
 
そんな私に
新しいミステリーの魅力を教えてくれたのが
この本の著者、米澤穂信さんです。

自分の知らないことを知る

 
この本を読み終わった後は
謎が解けてスッキリした気持ち以外のものがあり、
心がざわざわと落ち着かないような感じでした。
 
 
米澤さんの物語を読んでいると、
自分の知らない世界と出会います。
 
私はユーゴスラヴィア紛争を知らない。
日本から遠い紛争地域のことを知らない。
世界史の教科書に書いてあったような気がするけれど覚えていない。
 
 
『わたしたちには大変な事実なのに、
やっぱり日本まではなかなか伝わりませんね』
マーヤがこうつぶやくシーンがあります。
 
マーヤの台詞を読んで、
私は自分の知らない世界や、
知らない出来事をを知りたいと思いました。
 
この物語を読み終えると、知らなかったこと、
知りたいと思うこと、自分の頭で考えたいこと、
誰かと話し合いたいことがたくさんあることに気がつきます。
 
読んで終わりではないのです。
 
これが米澤さんが書く物語の魅力です。

物語と現実の架け橋

 
私たちは自分たちの日々の生活が一番大事で
他の国のことを気にかける余裕がない人がほとんどだと思います。
 
ニュースを報道するテレビも、新聞の紙面も
世界中の出来事を全て伝えることは不可能です。
 
 
しかし、一冊の本との出会いによって、
自分の知らなかった世界に出会うことができます。
そして、その出会いがとても重要なのです。
 
当たり前ですが、
この本はフィクションです。
物語なのだから創られた出来事です。
 
しかしこの物語に出てくる
ユーゴスラヴィア紛争は
実際にあった出来事です。
 
この世界にマーヤはいません。
しかし、この世界にマーヤと同じような体験をしている人たちは確かにいます。
 
この本をきっかけに
私たちは《物語の世界》から
《現実の世界》に目を向けることができます。
 
米澤さんの本はフィクションとノンフィクションの架け橋になるのです。
 
これもまた、米澤さんが書く物語の魅力です。

ベルーフシリーズ

 
この物語の登場人物の一人、太刀洗万智は
新聞記者を経てフリージャーナリストになります。
 
著者の米澤さんは
高校生時代にマーヤと出会った彼女たちの人生には積み残しの宿題が残っているのではないか」という気持ちから、
《太刀洗万智が高校生の時にはできなかったこと》
つまり、
世界を自らの目で見て、耳で聞いて、何が起きているのかを知ること》
彼女をジャーナリストとして活躍させることで実現させています
そして彼女の活躍はシリーズ化して出版されています。
 
それは〈ベルーフシリーズ〉と呼ばれています。
〈ベルーフ〉とはドイツ語で〈職業〉〈天職〉という意味で、
太刀洗万智のジャーナリストとしての生き方が描かれていてとても面白いです。
 
高校生の時に出会った一人の少女によって
〈天職〉と呼べるものを見つけて
知りたいことを知ろうとし続ける彼女の物語も是非読んでほしいです。
 
 
ライター  aki